「キャリアアップ」から「キャリアグロウス」へ
いつの頃からか、
「キャリアアップ」という言葉が当たり前になり、今では特に若い世代の至極当然な指標になっている。
昇進すること。
年収を上げること。
より大きな会社、より高報酬の会社へ移ること。これらはもちろん、大事な要素と言えよう。
だが私は、キャリアをアップする=技術や資格を増やし立場や職責を高める=収入を高める、といったイメージのある「キャリアアップ」に収まらずに、より自己を高める視点を示したい。
「キャリアグロウス」という在り方。その姿勢からの行動だ。
キャリアは、“上がる”ものなのか
“アップ”という言葉は、どこか階段を上るイメージがある。一段、また一段と、上へ。
しかし、問いはこうだ。
その階段は、本当に自分の意志で上っているのだろうか。
会社の制度。
社会の評価軸。
周囲の期待。はたまた、友人知人や同世代との比較。
これらに押し上げられている感がありはしないだろうか。
キャリアは“育てる”もの
グロウス(Growth)は、育つという意味を持つ。
植物が根を張り、幹を太くし、枝葉を広げ、たくましく育ち地盤を固め、やがてたくさんの実をつける。
時間をかけ、経験を重ね、内側から強くなる。内なる強き自信、意思と心の広がりを育んでいく。
環境を変えればキャリアが上がるのではない。
肩書きを変えれば価値が上がるのでもない。
自分自身が育った分だけ、見える景色が変わる。それがキャリアグロウスである。
比較から成熟へ
キャリアアップは、他者との比較が前提になりやすい。
だがキャリアグロウスは、昨日の自分との対話である。
・どれだけ深く考えられるようになったか
・どれだけ人を理解できるようになったか
・どれだけ自分の軸が明確になったか
肩書きが先に変わらなくても、人は大きく成長できる。その結果として、肩書や任務の大きさ、ひいては収入に投影される。
むしろ、見えない部分こそが長期的な価値をつくる。
組織にとっての意味
会社組織や団体、様々なチームでも同じだ。
昇進だけを目標にすると、短期的成果に偏りやすい。
しかしグロウスを軸にすると、人は内発的に学び始める。
育つ人材、自己を育てる人材は、結果として価値を生み続ける。
それは一時的な“アップ”よりも、持続的で恒久性があって、強い。人に映る姿は歴然と変わるだろう。
キャリアは「人生の成熟の軌跡」
私は、キャリアを競争の道具となって欲しくないと思っている。
人生の成熟の軌跡であってほしい。
上に行くことより、深くなること。
速くなることより、強く、確かであること。
キャリアは、自動的に上がるものではない。
自ら育てるものである。
だから私は、
「キャリアアップ」ではなく、
『キャリアグロウス』という言葉と意義を用いている。

