🌌『コミットメント/Commitment』

コミットメント / Commitment

『コミットメント』― あらゆる状況、環境、条件、また気分や感情状態によらず、必ずやること。そして、望ましい成果を達成すること。
つまり、成果を目指し何が何でもやる、という積極的明確な決意のことを、MAEKIESでは『コミットメント』と表します。
その決意をもって取組みを始めるとき、『コミットメントする』『コミットした、している』等と言い、最も大切な要素であると考えています。

🔲 ビジョンの実現、成果の達成からくる『コミットメント』
私たちは、この『コミットメント』という言葉をどのように捉え、そして、なぜそれほどまでに大切なのでしょうか。普段、私たちはコミットメントについて、何かを行動し成果に至るまでには、「努力」や「苦闘」、「忍耐」は不可欠といった意味合いが多分に含まれた枠組みで考えられ、表現されがちです。つまり、苦渋を大いに伴う行動を続けること、というイメージが先立ちます。もっとも、コミットメントしたとき、その成果に向かう過程では、努力も我慢も必要でしょうし、決して楽観的な事ばかりでないことも事実でしょう。しかし、それらはあくまで過程における一つの事象や体験に過ぎません。『コミットメント』は、歯を食いしばって取り組まなければならない様なもの、と固定されるものではなく、その行動や気持ちの苦楽に偏ることでもありません。『コミットメント』の真の概念と実際的な在り方(気持ちの持ち方)は、ビジョンの実現と成果の達成につながる非常に肯定的でパワフルなものです。
 
🔲 達成、可能性への扉を開く、『コミットメント』の在り方
『コミットメント』の在り方は、「何かをすること」自体ではなく、もっと深いものです。可能性、成就、達成への扉を開くこと、何があろうとそこへ到達する強い意志からくるもので、「何かをすること(行動)」も、考えることも、気持ちの上がり下がりも、これらはすべて『コミットメント』によって生じてくる部分的なひとつの事象です。苦渋な努力や忍耐ということが、とても嫌な重い足枷(あしかせ)のように思え、それでもやらねばならない・・・と捉えている時は、自己の在り方が「嫌な我慢をすること」に向いており、それがコミットだと誤ってしまいます。
『コミットメント』は必ず達するという積極的明確なゆるぎない決意ですから、自己の前向きな在り方です。この『自己の在り方』こそが、山谷を超える工夫や努力を生みだしたり、進む道を開いてみたりと、不可能と思われたことを可能にし、毎日の生活の中に情熱を生じさせ快活をもたらします。そして、描いたビジョンの実現へと向かいます。
 
 
🔲 アスリートが『コミットメント』として現れるように
ピクスタの写真コミットメント=自己の在り方次第で、苦渋な努力や忍耐などは、達成や成就への道程の一つであり、それをクリアすることで次々へと道が開けていく大事なステップだと捉えます。コミットメントという自己の在り方は、その視点が一つ一つの経過にではなく、達成する姿、ゴールの到達、ビジョン実現の視点に力強く立っているものです。
私たちの日常、その現れ方、姿の表れを見れば、コミットしているかどうかが分かります。
医師が施術や治療をすること、作家が原稿を書くこと、アスリートが練習やプレーすること、これらの行動は、毎日の仕事や人生の中でただ受動的、自動的にでも行うことができます。しかし、その行動そのものがその人を医師、作家、アスリートにしているわけではありません。各々の自己の在り方からくるコミットメント、その現われが医師であり、作家であり、アスリートであり、コミットに基づく行動を起こしています。私たちが、どのようなコミットメントとして現れているか、私たちのコミットメントをどう表わしているか、が、私たちの人生に意義と活力と方向を与え、自分自身と周囲を力づけているのです。そしてまた、自分自身を力づけることは自信の積み重ねになり、力づけられた周囲はその人に近づきたくなるものです。コミットメントから現れるリーダーシップに人が惹きつけられることは、とても自然な姿です。
 
 
🔲『実現の喜び』と『自己変革する自負』を伴った『コミットメント』ピクスタの写真
『コミットメント』には、明確なビジョンと自己変革(トランスフォーメーション)が重要なポイントになります。コミットするぞという言語表現、つまり言葉や口先の事ではなく、自己の深い決意・意思の表れですから、その決意を力づけ支え続ける存在が『ビジョン』とその喜びであり、『自己の前向きな変革』です。不安が生ずることや、自信が足りないなどの気持ち、迷いやあきらめなど、誰しもが経験のあることでしょう。コミットしていてもこれらは無くなることはありません。むしろ、増えていくことも多いにあります。大事なことは、不安や自信無さ、迷いやあきらめ、障害等と常に応じながら進んで行くということ、このためにも常日頃からの意識の日々革新、つまり自己変革が大切になります。
『実現するビジョンの喜び』と『自己変革を積み重ねている自負と自信』を伴うことで、『コミットメント』は揺るぎのない力強い在り方が表れ、相応な人、存在として現れるようになります。自分自身のコミットメントを日々生きることによって、周りの人たちにもコミットメントを呼び起こしていきます。このことが、真に人を力づけていることであり、優しさ、思いやり、導く、助ける、幸せにする、という関わりになり、人や仕事、組織やグループに前進や発展を生み出します。

🔲 『コミットメントは愛』— 誰の中にも必ずある『コミットメントの才能』
コミットメントは、まず自己の在り方から始まり、自分から起こします。
誰かが何かをしてくれるのなら私はやります、ではコミットメントとは言えません。
それではまるで結婚のプロポーズの時に、「キミがボクについて来てくれるのなら、ボクはキミを幸せにしよう。」と言いている様なものです。『ボクは何があっても絶対にキミを幸せにする!』といった強い決意がまず先です。条件が整えばできる、皆が協力してくれるのならやれる、これらは出来る、やれる、の意識レベルであって強い決意ではありません。やる、成し遂げる、という強固なレベルの決意が様々な思考や行動の最良を生み出します。成し遂げた時に、それはどれほど幸せなことなのか、誰が、どれだけ喜ぶだろうか、目に浮かび感じてくる思いで、コミットメントを生き続けます。
コミットメントは勢いや力み(りきみ)、力こぶの強さ、ではなく、強い愛なのです。
 
不可能を可能にするというのは、まるで奇跡のようですが、実際にはとても必然なことです。不可能だと見え無理だと思えてしまう事を、『どうしたら可能だろうか?』『可能性の道はどこにあるか?』という視点に気持ちを変えて、『可能な道』を探し続け、見つけ、必ず可能にする意識=自己在り方が物事を成功させます。先ずは自分の気持ちの持ち方から変わる、条件次第や他の人ではなく自分から始める、それが『コミットメント』です。そして、その強い決意をもつ力、コミットメントする才能は、誰の中にも必ずしっかりと存在しています。
 
大事なことは、大切な『コミットメントする才能(自己の在り方)』が発揮されているか、ということ。手元にはあるが発揮までは至っていない、使っていない、とか、ホコリ被った状態、自分の心の中の押し入れにしまい込んだまま、とかになってしまっているケースが少なくありません。自己を見つめてみるということは、あらためて自分の魅力と才能を見直してみる大切なことなのです。
 

PAGE TOP