INFORMATION

『車椅子レーンに見る不足と矛盾』

神奈川県、横浜駅西口付近のある一角、真新しい車椅子レーンが設置されていた。

綺麗な造り、しっかりとした通路、独立したスペースで、わかりやすい作りである。

この付近は駅エリア内への出入りする車両量が多く、良い改善の一歩と言えそうだ。

思わず、これは素晴らしいと思った。

 

ところが。

要者、利用者方々の声に耳を傾けると、手放しの喜びかと言えば、そうとも言えない事が解ってくる。

「少しの段差でも、バランスを崩しそうになるのです。」

「手摺りが無い、というのは非常に不安を感じます。」

「歩行者にとっては僅かな傾斜も、車椅子ではとても怖い。」

 

確かに、である。

このレーン、よく見ると車道との境が何本かのポールだけ。床部の隔たりはあるのだが、高さ15㎝ほどのコンクリートの仕切りで、この仕切りとポール十数本では「心理的に」不安ではないだろうか。もちろん手摺などない。

確かにレーン始まりから半ばに向かって緩やかな登り傾斜があり、その後、下り傾斜となっている。

歩行者の目線からすれば、大したことのない傾斜なのだが、この斜度は歩行者にとっては緩やかでも、車椅子での体感は全く別なのではないだろうか。利用者はその実生活体験からそう思うのだろう。

そして、その“緩やかな下り坂”の先は、信号である。もしも、止まらなかったら・・・という不安が生ずるのではないか。

もし、自転車での下り坂のとき、「もしブレーキが利かなかったら?」と不安になったとしても、その時は“足”が使えるのだ。しかし、車椅子では、違う。

 

小生自身、初めに感心したのも“歩行者の立場”から、であって、利用する人の立場や目線に身をおいて考えてみなくては、実質は解らないことばかりだった。

この写真を撮った時には全く気がつかなかった事が、「車椅子」をキーワードに紐解き始めて、次第に判ってきた事がたくさんあり、ハッとさせられる。

 

多くの疑問の中、最も大きなことは、この「車いすレーン」がどちらかと言えば、車道側に含まれていること。「歩道」と「車いすレーン」との間は、一般によく見かける歩道と車道の区切り柵、ガードレールと同様に、しっかりと鉄パイプ製の一般柵で仕切られているのに、「車いすレーン」と「自動車道」の区切りは前述の通り、ポール数本である。歩行者は守られている感じがあり、車いすレーンは安全性も安心感も低い。この作りは何故だろうか。これでは、もしも車が脇見などで寄ってきた場合、歩行者はガードされるが、車いすはひとたまりもないだろう。

「車いす」は、「歩行者」ではなく、「車」という扱い、とでも言いたいのだろうか。

「車いす」の歩行走行を助ける目的の筈が、これでは逆に、歩道から外され、歩道より一段危ないレーンになってしまっている。危険が迫った時、むしろ車いす利用の方が歩行者以上に回避が困難なのではないか。大いに矛盾を感ずる。

街や世、社会に、そして、行政の仕事ぶりに、きちんと見ないと見過ごしてしまうような、そんな不足や矛盾がそこら中にあるようだ。

 

 

 

PAGE TOP